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個展ロゴデザイン:宮川洋平(bulwark)

2023年2月に開催したHBギャラリーでの個展「英国のメトロに揺られ僕は見た」の連作品です。

イギリス・ニューカッスルの街を走るメトロ電車。メトロに乗ればドラマがあった。

熱狂的なフットボールサポーター、ベストを身につけた労働者、そして酔っ払いたち。

​私がニューカッスルに暮らしていた頃見た、懐かしい光景を絵にしたものです。

​ニューカッスルは、イギリス・イングランドの北東部にある市で、人口は約40万人ほど。

街の中心から、学校や職場、空港、海岸など、どこへ行くのにもアクセスが良い街です。

街の賑わいも、自然の静けさも、どちらも程よく感じられる特徴があって、

​私はこのニューカッスルという街がとても好きで、結局11年間、ここで暮らしていました。

滞在していた大半を学生として過ごしていたので、

当然、移動手段は街を走る電車でした。

​ニューカッスル周辺を走るメトロのトレインマップは以下のようなものです。

見ての通り、黄色の線と、緑の線だけで構成されている、いたってシンプルな路線です。

聞いた話によると、欧米の路線マップって、

必ず地域を流れる川を地図に取り入れるそうです。

確かに、そのほうが地理感もつかめてわかりやすいかもしれません。

ニューカッスルの中心地は真ん中にある、

Haymarket駅、Monument駅、Central Station駅あたりになります。

当時の私の活動範囲も自然とその辺りが多いのですが、

通っていた高校は海沿いのTynemouth駅にあったり、

友達が港町であるSouth Shield駅に住んでいたり、

何処へ行くのもメトロを利用していたものです。

路線を上下に二分割するように

この地域のアイコニック存在でもあるタイン川が流れていて、

川を隔てて南下すればお隣の市であるGatesheadがあります。

さあ、長い前解説はこのへんにしまして、

あとは実際のイラスト作品で

このメトロにまつわる、私のエピソードをお楽しみ頂けたらと思います。

日本で、ニューカッスルなんてイギリスの街の名を知っているのは、

大抵フットボールファンじゃないだろうか。

 

僕はフットボールについては疎いのだけど、

ニューカッスルと隣町のサンダーランドが憎き敵同士であることくらいは知っている。

イングランド内戦時の敵だったとか、石炭の利権問題があったとか、そこには色々理由があるらしい。

そんなわけだから、両チームの試合の日ともなると、サポーター同士が接触しないよう、スタジアムやメトロに多くの警官が配置され、街一帯が仰々しい雰囲気になる。

 

僕も一度そういった場に鉢合わせたことがあった。

サンダーランド方面への分岐駅で、電車の窓を隔ててお互いを見つけた彼らは、さながら檻の外に肉を見つけたライオンのようだった。

イラストを全く描かない時期がありました。

大学を卒業して、さあ、フリーランス・イラストレーターだ!なんて訳には行かず、

そもそも絵の仕事の見つけ方がわからない。

 

結局、契約社員として通訳の仕事を始めたわけですが、

通訳の勉強をしてきたわけでもない僕ができるほど通訳は甘くはなくて、

見よう見まねで口と耳を動かして、帰りの電車に乗る頃は毎日クタクタになっているのでした。

 

ある日の帰りのこと。

向かいに座るオレンジベストをつけた乗客が、スーパーの袋の中からみかんを取り出すと、

丁寧に皮をむいて、小さな実をひとつひとつ食べはじめました。

僕もみかんはよく食べるけど、彼のように、夕焼けのメトロの中で、

タトゥの入ったゴツゴツした大きな手で食べたことはない。

同じみかんのはずだけど、本当にそれは僕が食べているみかんと同じ味だろうか?

もしかしたら、​彼が食べていたみかんのほうが美味いかもしれない。

メトロを降りて、エスカレーターに乗る。

そのエスカレーターの上で話しかけられることが何度もあった。

イギリス人が話しかけてくる時は、大抵時間を知りたい時だ。

でもエスカレーターでは、ズボンや靴について尋ねられることが多かった。

 

僕の履く、たいして高くも良くもない靴を指差しては

「どこで買ったの?良い靴だ」

と言ってくるのです。

 

イギリス人のおしゃれ、というのは割と素朴な気がします。

ハイブランド主義ではなくて、それより着たいものを身につけている。

良いと思うものを求めてチャリティショップへ行ったり、他人が使ったセカンド品も気にしない。

祖父母が使えたものなら自分だって着れる筈、といったことをよく言ったりもする。

他人のためじゃなくて自分のために着ている、といった具合でしょうか。

Metroを利用する上で避けて通れないのがインスペクターの存在です。

彼らの仕事は、乗客がちゃんとチケットを購入して

メトロを利用しているかインスペクト(確認)すること。

なにせ僕がいた頃のメトロは、改札機というものがなかったので、

無賃乗車しようと思えばできちゃえたわけです。

 

もちろん、そんな野蛮なことをする輩には罰則があって、

20ポンド(当時4,000円くらい)支払わなければなりません。

 

インスペクターは神出鬼没です。

途中の駅から電車内に乗り込んでくることもあるし、

目的の駅のホームに待ち構えていることもある。

この絵の場合は最も悪質なケースで、

地上にエスカレーターで上がってきた目の前で待ち構えているところ。

学校帰りのメトロ車内は、いつも学生でごった返していた。

学期末となると、教材やらスポーツ用品やらの大荷物を持つから尚更です。

 

Whitley Bay駅で降りようとした一人の男の子は、

ギリギリのタイミングで降りてドアに自由工作を挟まれてしまった。

このような困った時に、すぐに助けようとするのがイギリス人だが、

一方で、ひとしきり大笑いをぶつけながらサッサと歩いて行ってしまうのもイギリス人だ。

 

乗客のおじさんは扉の内側から挟まった工作を押したり、

ドアを開けようと奮闘していたが、彼の周りの友人たちは笑いながら行ってしまう。

結局工作はドアに挟まったまま、無情にもメトロは動き出してしまった。

成す術なくオロオロする男の子におじさんが叫ぶ。

「明日渡すから!」

知り合いでもないだろうし、どうやって工作を渡すんだろう、と僕はふと思ったが、

きっとまあ、大丈夫だったんだと思います。

旅先から帰ってきた時、誰にでもそれを実感する景色があると思います。

 

成田空港が空の上から見えたときや、

新横浜駅のホームに降りたとき、

商店街の匂いを嗅いだとき。

 

ニューカッスルに住んでいた頃の僕は、タイン川の橋の上からニューカッスルの街が見えた時、

「ああ家に帰ってきたんだな」と思ったものです。

大きな川の上に何本もの橋があって、川沿いにはいくつものレストランが並んで、

もう少しすれば煉瓦色の街の中に入っていく。

僕にとってタイン川は大きな玄関のようなものでした。

日本の電車のなかで物を食べる人はそう見かけない。

イギリスではどうかというと、日本ほど厳しくはないらしい。

久しぶりにイギリスに遊びに行ったとき、メトロの中でぼんやりしていると、

目の前の女性が足を組み替える際に、僕の足を蹴ってしまった。

「ごめんなさい蹴っちゃって」

とケバブを食べていた手を止めて言うのだった。

隣を見るとベビーカーに乗ったお子さんが、ウォーカーズのポテトチップスを食べている。

おかしな話です。ある場所ではマナー違反とされていることが、

他の場所ではそこまで問題視されていないことがよくあります。

そしてマナーだけを大切にして、肝心なところで

会話ができない人もこれまたよく見ます。

ケバブを食べていた彼女のように、なにかあったときに

すぐ挨拶ができる人になることも、大切な気がした。

この絵は、僕が駅できれいなお姉さんに話しかけられた場面です。

チケットを買おうとしていたところに突如として現れて、

笑顔で「ハーイ」と言われて一瞬気が緩んだ僕を、一体誰が責められよう。

 

「突然ごめんなさい…。実は携帯と財布が入ったバッグを落としてしまって、

家に帰りたいのだけど1ポンドだけでいいから貸してくれませんか。

かならず後日お返ししますから」

 

このような手口を、当時まだ受けたことがなかった僕は、あっさり引っかかってしまった。

 

少ししてから同じ駅で、同じ女性に同じ笑顔で、全く同じことを言われたので、

「あのときの1ポンド返しなさいよ!」と言ったら

彼女は「Shit!」と吐き捨てて逃げて行った。

ハイスクール時代、同じ学年にアレックスという中国人の男の子がいた。

僕なんかよりずっと英語ができて、友達も多くて、スポーツもできる彼に

僕は、同じアジア人としてなんとなく羨望の眼差しを向けていたんだと思う。

 

ハイスクールには、そもそもアジア人は少ししかいなかった。

当然校内では目立つので、まあよくちょっかいを出されるわけです。

理由もなくお菓子投げつけられたりね。

はじめはその度怒ったりやるせなくもなったりしたけど、そのうちため息しか出なくなってしまった。

 

ある日アレックスが学校最寄りのRegent Centre駅前で、派手な取っ組み合いの喧嘩をした。

相手はよく人を小馬鹿にするチーキー(生意気)なやつで、

まあ、僕もアレックスもよく彼にはからかわれていた。

チーキー君は結局アレックスにボコボコにされてしまった。

 

僕は喧嘩に鉢合わせたその時も、アレックスに羨望の眼差しを向けていたと思う。

イギリス人はとにかく新聞を読む。

それもわかる気がする。なぜってイギリスの新聞は楽しいのです。

新聞なのにカラーだし、文章も理路整然としていてわかりやすい。

子供も割と読むので、学校の食堂や休憩室なんかはそこら中に新聞が散乱している。

 

その中でも「メトロ」という新聞は電車とは縁が強い。

同じ名前なのでややこしいが、メトロ紙は、その名の通り

全国の地下鉄や駅構内で配布されている無料新聞だ。

無料の割に、わかりやすく面白くて、毎朝これを読んでいれば、

世の中で起きていることは大体確認できる。

新聞の最後のほうには必ずパズルやジョークのページがあるのも楽しくて良い。

前の乗客が読んだメトロ紙を、乗ってきた人が読み回す様はよく見る光景です。

Monument駅のプラットフォームで電車を待っていると、

見るからに酔っ払った若き英国紳士が話しかけてくる。

彼は英語かどうかも怪しい言語で僕にイチャモンをつけてきた。

かろうじて聞き取れた「チャイニーズ」とか「マイ・カントリー」という単語から察するに、

やはりあれは英語で、そしてイチャモンだったのでしょう。

 

どうしたもんかと困っていると、

初老のおじさんが「何か問題でも?」と言って歩み寄ってきてくれた。

僕が「よくわからないのだけど」ともごもご話すと、それだけでおじさんは

「あとは任せろ」と手を振ってあっちへ行けと諭すのだった。

僕はおじさんに感謝の念を送りつつ、僕の背中に叫んでくる酔っ払いを無視して、

電車に乗ってその場を離れた。

ロンドンやエディンバラのような地方に行く時は

Central Station駅から長距離列車を利用していた。

ある日、ロンドン行きの列車に乗ろうとこの駅に駆けつけた僕は、

タッチの差で電車を逃してしまった。去って行く電車を呆然とした表情で見送ると、

とりあえず誰かに泣きつかねばと、近くにいた赤ら顔の駅員に事情を訴えた。

事情といっても、「寝坊して電車を逃しましたぁ」という救いようも無い事情なのです。

駅員さんは「タッチの差でしたね、チケット貸して。これ見せたら次の列車に乗れるから」と、

赤ペンで自分のサインらしきものをチケットに書き込んでくれた。

 

おかげで僕は何事もなかったかのようにロンドンへ行くことができたのでした。

僕は学生の頃は、タバコを吸っていました。

お金のない学生の癖にタバコを吸うなんて、悪癖だったと思います。

なんてったってイギリスのタバコはお高いのです。

マルボロ一箱が、1,000円くらいするんです。今から20年近く前の話ですよ。

話が逸れました。家から最寄りのWest Jesmond駅で電車を待つ時なんかは、

よく駅の外で一服していたのですが、ある日、タバコを咥えてZIPPOライターに火をつけると、

シュボボボ!と着ていたカーディガンの袖から肩まで、瞬く間に火が渡ってきました。

もうビックリしたのなんの。火ってこんなに速く引火するものなのかと。

着ていたカーディガンがかなり可燃性の高いものだったのだと思います。

それ以来僕は着ている服と火との相性みたいなものを気にするようになったし、

あと、怖くてZIPPOライターは使わなくなった。

イギリスはクリスマスの頃になると、他のどの国もそうであるように一気に華やかになります。

 

デパートのショーウィンドウの中の人形たちは動きだし、

ストリートはイルミネーションで彩られ、

クリスマスショッピングによってクレジットカードを止められてしまう人が続出します。

僕はそんな暖かみのあるイギリスのクリスマスが大好きなんですが、

それはメトロのインスペクター達も同じようで、

彼らはこの時期、上機嫌でサンタやエルフの帽子なんぞを被って、

ニコニコしながら駅の出口に待ち構えているのでした。

 

クリスマスパーティに行く途中、浮き足立ってメトロから降りれば

そこにはサンタ帽姿のインスペクター。

夢をうつつに笑顔で引き戻す様は、イギリスならではです。

最後まで​作品と文章を読んでいただき、ありがとうございます。

「電車と車の中ではその人の人格が出る」と聞いたことがあります。

確かにその人の良い面、そうで無い面というのが出やすい空間かもしれません。

ニューカッスルのメトロにまつわるエピソードは、ここで見ていただいた以上に

様々な思い出がありますが、社会の縮図のように思えた光景をいくつも感じた気がいたします。

私が外国人というマイナーな存在だったからこそ体験したこともあったのでしょう。

ただそういった問題提起のような内容より、今回の作品で何より伝えたいことは

やっぱり、イギリス人のユニークさや、メトロの窓越しに見えた景色、

ニューカッスルでの暮らし、というなんでもないようだけど、文化そのものでした。

​今回の作品を、面白がって見てくれたらそれだけで充分嬉しいです。

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